
当時はIVY全盛の時代でさ、周りのイカした先輩達がVANとか着てたんだよ。俺もませガキだったから(笑)、そういう大人たちに魅せられて徐々に洋服を意識するようになっていった。まだ雑誌なんて『Men's Club』くらいだったし、情報も少なかったからそんな不良のお兄さん方から聞かせてもらう話っていうのがすごく刺激的で、いっつもワクワクさせられたんだよね。それで俺もこういうカッコイイお兄さん達みたいになって、みんなをワクワクさせたいって思ったんだ。それが洋服を売るっていうことを意識し始めたきっかけかな。
人生で最初にアメリカンプロダクトを手に入れたのが14歳の時に買ったリーバイス501なんだけど、その時はまだまだアメリカへの意識はぼんやりとしてたね。決定的だったのは1975年、俺が高校1年の時に『Made in U.S.A Catalog』が出たこと。俺の世代はみんな影響を受けたんじゃない? これを観たとき、直感で「ヤバい」って感じたんだ。こうやって徐々にアメリカ製品に魅せられていくわけ。もちろん洋服を売る仕事への憧憬もどんどん強くなっていった。だから大学入ってすぐに綱島にあった洋服屋でバイトを始めたんだ。憧れだった洋服を売る仕事への第一歩だね。“アウトドア”っていうファッションを知ったのもこの頃でさ、この4年間の出会いは衝撃的なものばかりだったね。
どんどんアメリカのモノや情報が増えていったときだった。俺も『Made in U.S.A Catalog』に載ってたサンタローザのワークブーツを初めて買ったりしてね。中でも衝撃的だった洋服が、ダウンベスト。当時は音楽にものめり込んでてアーティストからも大きな影響を受けたんだけど、シンガーソングライターのジョン・デンバーが着てたんだよ。ブッシュジーンズにネルシャツ、その上にダウンベストっていうコーディネートで、足元にはトレッキングブーツ。それがすごい斬新だったよね。道具として成り立っている洋服が、ファッションになり得るのか!って(笑)。すごく不思議な感覚だったけど、アウトドアへ惹かれていく入り口となったアイテムとしてダウンベストとの出会いはすごく大きいし、新しいファッションへ開眼するきっかけでもあった。
卒業前には、一大借金をして初めてアメリカにも行ったよ。『タクシードライバー』のデニーロみたいなカッコしてね(笑)。卒業して大手デパート傘下のセレクトショップに就職したんだけど、休みになればアメ横を歩き回ったりもしてさ。アメリカにどんどん傾倒していった。そのセレクトショップでは6年間働くんだけど、その間に1つ大事なことに気づかされたんだ。『俺はただ洋服を売りたいんじゃない。ただアメリカのモノに囲まれていたいんじゃない。自分がエキサイトするような洋服を売って、その熱をお客さんに伝えたいんだ』って。それで新たな道を探してた頃に、当時足繁く通っていたアメ横の伝説的ショップ・YAYOIの社長にウチで働かないかって声を掛けられて働き出したんだよね


- 1975年に読売新聞社より発行された伝説的アメリカカタログ本。アパレル製品はもちろん、ナイフからキャンピングカーまで、当時のアメリカンカルチャーを伝えるプロダクトが一同に会した。


- 東京・上野駅から御徒町周辺まで伸びる日本有数の商店街。ショップのラインナップも幅広く、洋服屋から乾物屋まで何でも揃う。YAYOIや中田商店など、多くの名店が軒を連ねる。


- 1955年に「男の服飾」として婦人画報社(現アジェット婦人画報社)が創刊し、当時のアイビーブームを牽引したメンズファッション誌。63年にメンズクラブと改称され、現在まで続く。
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